Chapter 01 — Beans
第一章 豆のキホン
カップの味の 8割 は、淹れる前に決まっている。品種・産地・精製 ── 焙煎やドリップで足せない “素材の個性” を、ここで掴む。
01アラビカ と ロブスタ
専門店で扱うのはほぼ アラビカ。まずこの2種の性格を、栽培から味まで並べて押さえる。
世界の 約6〜7割/カフェイン 約1.2〜1.5%
高地(1,000〜2,200m)・冷涼でゆっくり熟す
香り成分が 約800〜1,000種。華やか・甘い・複雑
病害虫に 弱い(葉さび病・ベリーボーラー)
約3〜4割/カフェイン 約2.2〜2.7%(約2倍)
低地(〜800m)・高温多湿で丈夫
香り成分は 約600〜700種。苦く重い・ボディとクレマ
葉さび病に 強い。クロロゲン酸も多く害虫を防ぐ
“ロブスタ” は正式名カネフォラ。多いカフェインが虫や病気から実を守るので低地でも育つ=robust(頑丈)。じつはアラビカは ロブスタ × エチオピアの野生種(C. eugenioides) が自然交雑して生まれた子孫で、染色体は 44本(四倍体)。ロブスタの 22本(二倍体) の倍だから、香りの幅が広い。
02品種の2大系統 ── ティピカとブルボン
栽培品種は ティピカ と ブルボン の2系統が基。あとはその変異・選抜・交配で枝分かれする。葉さび病が世界の農園を壊すたび、耐病性を足す交配が進んできた。
品種の家系図
2系統(ティピカ・ブルボン)から、変異・選抜・交配で枝分かれする。点線のゲイシャはエチオピア由来の別系統。
03なぜ品種が増え続ける? ── 葉さび病との戦い
1970年代以降、葉さび病(Hemileia vastatrix) が中南米の農園を繰り返し襲った。そこで、アラビカとロブスタがティモール島で自然交雑した「ティモール交配(HdT)」 の耐病性を取り込む動きが広がる。カティモール(カトゥーラ×HdT)やサルチモール(ヴィラサルチ×HdT)はその代表で、味よりまず畑を守り収量を保つための品種。一方ゲイシャやSL28のような“味の品種”は栽培が難しく収量も低い ── 美味しさと育てやすさはしばしば両立しない。だから農園は土地と市場を見て品種を選ぶ。
04産地で変わる味の方向
同じアラビカでも、育つ場所で “出やすい味” が変わる。ざっくりの地図として。
あくまで傾向。同じ国でも農園・標高・精製で大きく変わる。
05テロワール:標高・寒暖差・土壌
なぜ場所で味が決まるのか。効くのは主にこの3つ。いずれも 豆を硬く・甘く・複雑に する方向に働く。
06コーヒー栽培の適地(標高)
アラビカ高地が育つ帯。身近な山と比べると “けっこう高い”。
標高が高いほど明るい酸・複雑さが出やすい。ブラジルは低地〜広大な土地で量を支える。
標高くらべ:コーヒーはどこで育つ?
アラビカの適地は 1,000〜2,200m。身近な山と並べると、最上級の畑は 六甲山より高い 帯にある(富士山の中腹あたり)。
07標高は “硬さ” になって等級になる ── SHB / SHG
高地でゆっくり育った豆は、糖と酸を蓄えて密度が高く硬い。だから中米では標高そのものを等級名にする ── SHB(Strictly Hard Bean/極硬豆)=グアテマラ等で標高1,350m超、SHG(Strictly High Grown/極高地産) も同義。低地の柔らかい豆より、明るい酸・甘さ・複雑さが乗りやすい。密度=品質の目安 になるのは、それが「ゆっくり熟した証拠」だから。標高は数字でなく、カップの硬さ・伸びとして出てくる。
コーヒーチェリーの断面構造
赤い実の中にタネ=生豆が2粒。外側から 外皮 → 果肉 → 粘液 → パーチメント → シルバースキン → 生豆。精製とは、この層を どこまで取り除き/残すか の違い。
08各層の厚みの目安
外側から内側へ。粘液(ミューシレージ) がいちばん味を左右する糖の層で、精製はここをどう扱うかが鍵。
09精製6種 → 味の傾向と日数
収穫したチェリーから生豆にする工程。果肉と粘液(ミューシレージ)をどこまで残すか で味が変わる。乾燥日数も添えた。
“良し悪し” ではなく方向の違い。果実感が欲しいか、クリーンさが欲しいかで選ぶ。
精製6種の工程フロー(工程を列で比較)
工程を 列で揃えた。空欄=その工程を飛ばす。例:Natural は果肉除去も発酵もせず、果実ごと乾かす。
発酵で外す(Washed)か、果実ごと乾かす(Natural)か、その中間(Honey/Pulped)。Wet-Hulled だけ “乾燥の途中で脱殻” という独特の順番(生乾き脱殻→仕上げ乾燥)。
10精製ごとの “果実感” の目安
バーが長いほど果実感・発酵感が強い(短い=クリーン・透明感)。粘液をどれだけ残すかで決まり、クリーンさと果実感はトレードオフ。
11なぜ国ごとに精製が違う? ── ほとんどは “水と気候” の事情
効くのは主に 水・気候・地形。水が貴重な土地(エチオピア・イエメン)は天日で乾かすだけの ナチュラル=最古の精製。水が豊富なら粘液を洗い流す ウォッシュト=スペシャルティの主流。収穫期が乾季で水の少ないブラジルは中間策の パルプドナチュラル。高温多湿で乾きにくいインドネシアは生乾きで脱殻する スマトラ式。地形も効いて、平地が少ない山岳の産地では、屋根のある棚や レイズドベッド(乾燥棚) に薄く広げてムラなく乾かす。そして近年は、密閉タンクで温度・pH・時間を測って管理し、狙った味を再現する アナエロビック が高付加価値の武器に(2015年に Sasa Sestic がワイン由来の手法で世界バリスタ選手権を制覇、2018年は上位6人中5人が採用して一気に普及)。
12最後の砦:ハンドピック(欠点豆をはじく)
良い品種・産地・精製を経ても、混じった 欠点豆 1粒 がカップ全体を濁す。だから一粒ずつ目で選ぶ。
クエーカー:未熟で焙煎しても色づかない → 麦/ピーナッツ様の雑味
発酵・サワー豆:黄〜赤褐色 → 過発酵の不快な酸
黒豆・カビ・虫食い:腐敗・土臭・刺激臭
欠け/貝殻豆・異物:焙煎ムラや雑味のもと
クエーカーは生豆では見えず、焙煎後に白く浮く → 焙煎後の選別も要る
SCA基準ではスペシャルティ=クエーカー0粒・一次欠点0が条件
精製・焙煎で “足す” 工程ではなく、マイナスを除く 最後の仕上げ
豆の個性(酸味・果実感)は魅力として肯定し、欠点(雑味・濁り)だけを取り除く。これが品質の最後の一線。